尻啖え孫市

尻啖え孫市 (講談社文庫 し 1-6)

尻啖え孫市 (講談社文庫 し 1-6)

体制に抗いつつもセルアウトに成功したロックスター

この物語で描かれる雑賀孫市は、大衆のヒーローである。
腕はたち女好きで豪快な性格。政治のことは興味を持たずただひたすら自らの理想とする女性を求めて世間を歩き回る。

しかし周りが放っておかない。
織田信長から声がかかり、本願寺から召集がかかり、やがて戦争の中心人物となっていく。

本願寺に入場した孫市はさっそく総大将に担ぎあげられる。

与えられた一室にひっこみ、城から見える夕日を眺めながら、自分の身におこった運命をしみじみかみしめている孫市に彼をスカウトした信照が言った一言が印象深い。

孫一殿、自分の才能のために働くのが男にとって最も幸福な生き方ではないか。(中略)天下制覇を七分どおりまで仕上げた信長と四つに組んで戦うなどは、男子の幸福、これに尽きるというものだ。

孫市はそれに対して「俺もそう思い始めている」と答える。

夕日のなかで才がありチャンスもつかんだ男が一躍スターダムに駆け上がろうとしている場面。
映画でもっとも絵になりそうなシーンである。

もう一つの印象的な場面はその勝負どころの合戦で緊張してきがくじけそうになっている場面。あの孫市でも不安になるのかと思わざるをえないところだ。

そこで、隣にいた孫市の女房となる小みちが念仏を勧める。

朗々と唱え始めた。唱えているうちに、だんだん心が鎮まって来、なるほど小みちのいうとおり、そのあたりの草木の仲間に自分が入ってゆき、やがて草木そのものになり、さらに唱えるうちに、突如、天の碧さを見た。

孫市は落ち着きを取り戻し、むしろ視野を広げて悠然とする。

ここぞという勝負どきに、チャンスを逃さず力を100%発揮できたのである。

信長包囲網の話なので、浄土真宗が背景につねに存在しているが、まわりの助言を聞ける器量と
才や運がかみ合った時に大きなものごとを達成しうるのだと孫市の物語は教えてくれているように思った。